【1976年】マイクロ精度への取り組み本格化

守りから攻めへの経営転換

 1976年には、サングラス表面に加工したシリコンコーティングが剥離するクレームが発生するが、

9月に硬膜コーティング装置を更新するとともに染色助剤をベンジルアルコールに変更して技術問題を解決した。
 そのほか、西田取締役が開発した湯道を冷やさないホットランナーシステムやバルブゲート方式などを導入設備の高度化に努めた。
この時期はいわば守りの期間に当たるが、1978年2月に山鹿立石電機からリレーケースを大量受注したほかナカニシ、奥田眼鏡、三谷商事、リコー光学、

ミノルタカメラなど各社との取引が活発化したことで攻めの経営へ転換、好環境の中で創立30周年を迎えることができた。売上高も1979年に5億円を超える。
 1979年からカメラ用レンズ対応に電子制御成形機を導入、1980年には射出圧縮成形機でプロジェクターレンズを完成するなど、高精度のカメラレンズ

分野に参入したことでμm技術の取り組みが本格化した。


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