【1968年】レンズ成形事業の基盤を固める
事業拡張、非球面レンズ
レンズ成形事業の基礎が固まるまでには様々な紆余曲折があった。1960年代後半に、プラスチックレンズの金型製作や圧縮成形に独自の技術を持ち、8mmカメラの焦点板、OHPフレネルレンズを特色としていた日本光学樹脂が経営難となり、谷田部社長が引責辞任する。
その後不動産業者の岩井氏が日本光学樹脂の経営を引き継ぐが数年で倒産した。同社の技術者たちが日本プラスチックレンズをはじめフレネル、日本特殊光学などの新会社を設立するが、いずれも立ち消えになった。一方、当社の成形事業は徐々に軌道に乗り始めたことから企業としての基盤固めに注力した。
1970年3月18日、新たに資本金2,000万円の「北川化工株式会社」を設立した。代表取締役に北川清之助と北川外三郎、取締役に西田義男と宇野源蔵、監査役に城戸平左衛門がそれぞれ就任する。
その後7月24日に旧北川化工を「株式会社北川商店」と改称し、翌1971年8月14日に資本金1,000万円の「日本非球面レンズ株式会社」を谷田部氏と共同で設立した。当社が資金を、谷田部氏が技術を負担するという仕組みである。
以後、工業用部品成形は立石電機へ、レンズは虫眼鏡から顕微鏡、オペラグラス、サングラスなど需要のあるところへ片っ端から食い込み、受注するまで粘る営業を展開、現場はそれを高品質の製品に仕上げる努力を続けた。特にプラスチックレンズの偏肉厚をいかに成形するかに工夫をこらし、しかも金型の研磨技術を確立していく。
1971年に非球面用1マイクロメートル(100万分の1メートル、以下μm)加工機でルーペレンズに挑戦して失敗するが、翌年には硬膜コーティングでサングラス生産に成功した。
このベンチャー精神が当社の基本的な経営資源となる。再挑戦の甲斐あって1974年8月12日には(社)日本合成樹脂技術協会主催第17回全日本プラスチック製品コンクールで非球面拡大レンズが工業技術院長賞を受賞した。

※工業技術院長賞の賞状




































