【1960年】プラスチック成形の変遷

 日本における合成樹脂(以下、プラスチック)産業の発端は、1885年における米国からのセルロイド輸入とされている。セルロイド生地の本格生産は1905年に始まった。フェノール樹脂のベークライトも1915年に工業化され、その後太平洋戦争までにユリア樹脂、カゼイン樹脂、アセチルセルロースなどの各種プラスチックも登場するようになる。
 石炭を主な原料とし、用途は電気絶縁板や航空機の防風ガラスなどで、成形品は圧縮成形による玩具や雑貨などに限られていた。戦後は1950年頃から、国内資源の食塩と石灰、石炭を使ったポリ塩化ビニルの生産が始まる。
 しかし、1955年に通産省が石油化学工業育成方針を打ち出すとそれまで輸入原料に依存してきたプラスチック産業が一斉に外国技術を導入して原料樹脂の生産に乗り出した。1960年までにはポリスチレン、ポリエチレン、AS樹脂、ポリカーボネート、ナイロン樹脂などの生産が始まりポリ塩化ビニルの原料もエチレンへ変わる。この頃には、押出加工をはじめインフレーション、カレンダー、ブローなど成形加工法も確立されていた。

射出成形も一般化し、1960年にはダイキャスト式射出成形機が1,000台以上も生産されスクリュー式射出成形機も登場している。


※名機製作所の射出形成機H16を囲んで(前列左から2番目に清之助、3番目に外三郎)

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