【1974年】創業者北川清之助の死去
世代交代の節目
1974年頃から体調を崩し経営の第一線から退いていた創業者の北川清之助代表取締役が、1976年1月16日に脳血栓のため大津市の自宅で死去する。享年82歳であった。
事業欲が旺盛でチャレンジ精神は人一倍という資質を発揮、戦前戦後の
激動期を乗り越え、伝統産業の問屋業から最先端のプラスチック成形という製造業への大転換にリーダーシップを発揮、当社の事業基盤を確立したのである。当社創立記念日に当たる7月8日、本社に近い光照寺で法要を営み、創業者の遺徳を偲んだ。この転機の年に北川清一郎ほか大卒技術者が2名入社する。
北川清一郎は1953年10月24日に大津市で生まれ、同志社大学工学部で機械工学を専攻し、学生時代から当社の非球面レンズ設計に参画しており、入社後は1年間立石電機(現オムロン)草津精機工場で研修を受けた。
なお、北川清一郎は1976年2月に北川商店取締役、1979年5月に北川化工取締役にそれぞれ就任している。

※喜寿を迎えた清之助(前列中央)




































