【1981年】野洲工場を開設
カメラから自動車への事業転換
当時、東淀川区南江口の成形工場では、リコーやミノルタカメラからのカメラレンズ製作依頼が増加しており、蒸着を行うためのクリーンルーム環境を設けることが急務となっていた。
しかし、工場のスペースが限界に達したことから新たな場所を探し、1981年1月に綾羽紡績の子会社である滋賀化成と、滋賀県野洲郡野洲町の建物付き土地3,300m²(約1,000坪)の譲渡契約を締結して工場を購入した。選定理由としては、大阪など他より購入価格が抑えられていたことや、既存の建物を内装工事で利用できることによるコスト面の合理性が大きかった。
同年7月に野洲工場を開設し、日本で初めてクリーンルーム内での成形・蒸着の工程直結を実現し、非球面レンズ金型の内作にも成功した。その後、ホットランナーの焼け防止技術を確立したほか、ゲートカットからカセット挿入までの自動化、真空蒸着、カメラレンズの1µm非球面加工といった独自技術の成果が相次いで開花した。
一方で、松下寿電子工業とのビデオカメラレンズ取引が始まり、シュミットレンズやダハミラーをIC成形法で完成させている。1982年1月には野洲第二工場でインサート成形を開始し、6月に九州松下電器との取引が始動した。1984年には売上高10億円を突破した。
その後、本社工場に隣接する日興石油の爆発事故が発生し、全社員が避難する事態となった。類焼こそ免れたものの、工作室やコーティング施設の一部に損傷を受けた。その改修と併せて工作機械の増設を図り、これを機に京セラとの取引も開始する。また、輸出用保護メガネ「プロスペック」増産にも拍車がかかった。
1984年に環境整備のKS活動を開始し、「日本一のピカピカ工場を目指す」を目標として掲げた。工場から事務所、物流センターなど全部署で整理・整とんを心がけ、ムダ・ムリを省き、資材の有効活用と円滑な業務の流れを推進しようというものである。この年に野洲工場のFA棟が完成し、自動化の規模が一段と拡大した。

※野洲工場設立前の上空写真

※East Wing棟開設以降の野洲事業所写真
1991年に野洲工場内にWest Wing棟を開設、この頃はファインダー系ポロプリズムがカメラ会社から高いシェアを獲得していた。
続いて、スタンレー電気からヘッドランプの大量生産依頼があったが、生産するスペースがなかったため、生産場所を探しまわっていた。
まとまりかけていたところもあったが、タイミングよく滋賀銀行より野洲工場隣地の物件の紹介があり、従業員が移動せずにそのまま働けるということで購入を決断した。2015年にNorth Wing棟、2020年にEast Wing棟を竣工し、ヘッドランプの増産を進めてきた。
野洲工場はカメラレンズから自動車レンズの生産へ大きな転換を迎えた。




































