【1987年】企業体制を再編成

LBP・fθレンズという新たな成長軸

 1987年4月1日、北川商店が日本非球面レンズを吸収合併して、「日本非球面レンズ株式会社」と社名を変更した。

代表取締役は北川外三郎と北川清一郎、取締役に北川貞次がそれぞれ就任する。
直後の4月3日に、かつて大阪工場長として技術開発をリードした西田義男元取締役が死去した。同年に老眼鏡製造で厚生省の医療用具製造承認を受ける。
10月2日に東京営業所を東京都千代田区神田神保町2-8-8に開設し、要員5名を配置した。北川化工は12月4日に6,000万円増資し、新資本金を8,000万円とした。持株会社兼金属加工を担当する日本非球面レンズは、翌年5月30日に資本金を20,212千円とする。
 1986年から着手したレーザービームプリンタ(以下、LBP)用Fシーターレンズの開発を終え、1989年12月に量産を開始する。1990年度の売上高が20億円に達した。1988年から10nm(ナノメートル)加工機による大幅な高精度化を実現した。 
 1989年4月に賃金体系制度を確立し、5月に創立40周年を記念してハワイ旅行を行った。9月に発足した時間短縮委員会が3年間で21日の休日設定の検討に入り、11月に幹部会をスタートさせるなど内部体制整備を進めた。


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